大判例

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高松高等裁判所 平成3年(う)5号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を無期懲役に処する。

原審における未決勾留日数中五〇〇日を右刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、被告人及び弁護人木下常雄、同酒井精治郎及び同中道武美共同作成の各控訴趣意書に記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官福岡晋介作成の答弁書に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  弁護人の控訴趣意中、法令適用の誤りの主張について

論旨は要するに、原判示第一の二につき、原判決は、被告人の所為に対し爆発物取締罰則(以下「本罰則」という。)一条を適用したうえ、所定刑中死刑を選択しているが、本罰則は、昭和二二年法律第七二号により本件当時は既にその効力を失っていたものであるうえ、その第一条は、内容において憲法一一条、一二条、一三条、一九条、二一条、三一条の各規定に違反するものであり、また、死刑は、残虐な刑罰であって憲法三六条に違反するほか、同九条、一三条、三一条にも違反するものであるから、原判決には判決に影響を及ぼすことが明かな法令適用の誤りがあるというのである。

しかしながら、所論にかんがみ検討してみても、本罰則が今日に至るまで法律としての効力を有しており、かつ、その第一条が所論のいう憲法の各規定に違反しないこと、及び、死刑制度が合憲であることにつき、原判決が、「弁護人らの主張に対する判断」の欄の一及び二において説示するところは、当裁判所もこれを正当として是認できる。論旨は理由がない。

二  各控訴趣意中、事実誤認の主張について

各論旨は要するに、原判示第一の二につき、原判決は、被告人が、A男(以下「A男」という。)及びその家族に対する未必の殺意の下に、ダイナマイト四本及び電気雷管等を組み合わせてオルゴールの空箱であった紙箱に入れ、箱の端から出した紙片を引き抜けばスイッチが入って爆発する仕掛けの爆発物を、A男方車庫に駐車中の自動車のボンネット上に置き、A男をしてこれを同人方台所に持ち込ませたうえ、同人方に同居中のB子(当時一九歳)をしてこれを爆発させ、よって、同女を臓器間の血液分布不均衡によるショックなどによりほどなく死亡させて殺害したほか、A男(当時五二歳)に対し、加療約五〇日間を要する顔面・前胸・腹部等爆創の、C子(当時四四歳)に対し、加療約二か月間を要する両眼球破裂、両鼓膜穿孔等の、D子(当時一七歳)に対し、原判決時までに加療約二年を要し、かつ、その後も継続して治療を要する顔面部等外傷、両鼓膜穿孔、右鼓室肉芽形成等の、E子(当時七七歳)に対し、入院加療一三日間を要する顔面第一度熱傷の各傷害を負わせたが、いずれも殺害するに至らなかった旨認定したが、被告人には、被害者らに対する殺意はなかったから、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があるというのである。

しかしながら、原判決挙示の関係証拠を総合すると、原判示第一の二の事実は、被告人の殺意の点を含めて優にこれを肯認でき、当審における事実取調べの結果によっても、この判断は動かし得ない。

すなわち、関係証拠によると、本件犯行に使用されたダイナマイトは、その一本の長さが一六センチメートル余り、直径が二センチメートル余り、重量が約一〇〇グラムのものであり、被告人は、右のダイナマイト四本を電気雷管四個等とともに用いて、被害者の身近で爆発することが予想されるような構造をもった本件爆発物を自ら製造し、A男方の車庫内に置いていることが認められ、また、前記のような被害の結果に徴しても、本件爆発物の威力が著しく強力であったことが窺えるところ、右ダイナマイトの形状や本件において使用された数量等に照らすと、被告人が、たとえ火薬につき専門的知識を有していなかったとしても、同人には、それが人を殺害するに足る威力を有していることを容易に認識し得たものと考えられこと、更に、被告人は、捜査段階においては、ほぼ一貫してA男らに対する未必の殺意を認めているところ、その供述は、内容に格別不自然、不合理な点がなく、本件爆発物に関する右認定の事情や、原判示の犯行に至る経緯、犯行の動機等に照らしても十分信用し得るものであることなどを総合すると、被告人が、A男及びその家族らに対して未必の殺意を有していたものと認めるのが相当である。被告人の原審及び当審における各供述中、右認定に抵触する部分は、前記各証拠に照らして信用できない。

各所論は、被告人は、本件爆発物の製造に際し、ダイナマイトを入れる容器として紙箱を使用し、その衝撃力がダイナマイトの爆発によるものだけにとどまるよう配慮していることなどを指摘して、被告人に殺意がなかったことの根拠とするが、ダイナマイトの威力等前示の諸事情にかんがみると、各所論のいう点は、被告人がA男らに対して確定的殺意を有してはいなかったことを窺わせるにとどまり、未必の殺意までも否定する事情とはなり得ないから、各所論は採用できない。各論旨は理由がない。

三 各控訴趣意中、量刑不当の主張について

各論旨は、本件に顕れた諸般の情状に照らすと、被告人を死刑に処した原判決の量刑は重すぎて不当であるというのである。

よって、記録及び当審における事実取調べの結果を総合して検討するに、本件は、被告人が、昭和六三年一〇月八日ころ、火薬庫からダイナマイト約一五〇本及び電気雷管約二〇〇個(時価合計約九万五五〇〇円相当)を窃取したうえ(原判示第一の一)、同月二五日、その一部を用いて、前記のとおり、爆発物取締罰則違反、殺人、同未遂の犯行に及んだほか、同五九年四月ころから同六四年一月ころまでの間、四回にわたり、発電機等九点(時価合計約一六万七〇〇〇円相当)を窃取した(同第二)という事案であるところ、このうち、量刑に重大な影響を及ぼすと考えられる原判示第一の各犯行(以下「本件犯行」という。)についてみるに、被告人は、昭和五一年一〇月から同六〇年二月まで、A男の経営する会社でタクシーの運転手をしていたが、その間、同人の厳しい経営方針や被告人の生活の貧苦を嘲笑するかのような態度等に強い不満を抱き、退職後は次第にそれが薄れはしたものの、妻の作った借金の返済等のため家族と共に居住していた所有家屋を手放し、同女とも離婚するなどして家庭が崩壊した後、仕事もせず、マンションの一室にとじこもって失意のうちに日を過ごすうち、そのような惨めな暮らしの原因はA男に会社を退職させられたことにあると考えて同人に対する恨みを募らせ、そのころ街で偶然同人を見かけたことが契機となり、同人を痛めつけて報復しようと決意して本件犯行に及んだものであり、そのような犯行の動機、経緯に格別酌むべきものがあるとはいえないこと、また、被害の状況は、前記のとおり、当時A男方に寄宿していた大学生B子の若い生命を奪い、同女の妹で、同様にA男方で寄宿生活を送っていた高校生D子に対し、その顔面等に完治の目処のたたない傷害を、同女らの母親で、当時たまたまA男方に来合わせていたC子に対し、生涯回復不可能な両眼失明等の傷害をそれぞれ負わせたほか、他の二名の者にも相当の重傷を負わせたという、極めて重大かつ悲惨なものであり、被害者らの処罰意見は峻烈であること、その他、本件の社会的影響や、この種事犯に対する一般予防的見地からの考慮など、原判決が「量刑の理由」の欄において説示する事情を総合すると、本件の犯情はまことに悪質であり、被告人を死刑に処した原判決の量刑もあながち首肯できないものではない。

しかしながら、一方で、本件犯行については、被告人のために斟酌すべき次のような事情がある。

すなわち、まず、本件犯行は、A男に対する個人的な恨みから、専らその報復のために敢行されたものであって、ダイナマイトを用いて不特定の者を無差別に殺傷することを企図した事案や、利欲や情欲の満足あるいは他の犯罪の証拠を湮滅する目的など、それ自体でより悪質と認められる動機の下に行われた事案とは、いささか犯情を異にするといわなければならない点が挙げられる。次に、被告人は、前記のとおり、A男を痛めつけ、自分と同じような苦しみを与えることを目的として本件犯行に及んだもので、被害者らの殺害を積極的に企てたり、そのような多数の者に被害が及ぶことを望んでいたわけではなく、また、殺意も未必的なものにとどまっているのであって、このことは、被告人を極刑に処することの当否が問われている本件においては、とりわけ重視すべき事情である。更に、被告人の矯正可能性についてみるに、被告人は、昭和四六年に窃盗罪により懲役一年六月・三年間刑執行猶予に、同四九年に業務上過失傷害罪により罰金二万円にそれぞれ処せられた前科を有してはいるが、これらは相当古いうえ、その前歴を併せても、粗暴犯ないし重大事犯に当たるものはないこと、また、被告人は、不遇な環境の下に成育しながら、若年のころから本件犯行の数か月前まで、転職を重ねながらも真面目に働いており、本件犯行は、妻の借金などが原因となってそれまで育んできた家庭が崩壊したあとの、失望感とやり場のない精神状態の中で行われたものと考えられ、これを直ちに被告人の狂暴性ないし凶悪性の発露とみるのは相当ではないこと、更に、死亡した被害者の冥福及び傷害を負った被害者らの一日も早い回復を祈るなど、被告人なりに反省、悔悟の情を示していることなどの事情に被告人の年齢をも加えてみると、被告人の人格や犯罪性向がもはや矯正不可能な段階に立ち至っているとまではみることができず、被告人にはなお、今後の受刑を通じての改善の可能性が残されていると考えられる。

そして、以上のような諸事情を斟酌したうえ、死刑が人間存在の根元である生命そのものを永遠に奪い去る冷厳な極刑であり、まことにやむを得ない場合における窮極の刑罰であって、その適用は慎重に行われなければならないことに思いを致し、併せて、本件と同様に爆発物を使用して人を殺傷したものなど、この種重大事犯における量刑の実情をも吟味してみると、前記のとおり、本件の犯情は極めて悪質ではあるが、その点を十分考慮してもなお、被告人に対して極刑をもって臨むことには躊躇せざるを得ず、この際、被告人を無期懲役に処し、本件犯行がいかに罪深いものであるかを改めて自覚させつつ、終生、被害者らに対する讀罪の日々を送らせるのが相当であると思料される。各論旨は理由がある。

よって、刑事訴訟法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書により当裁判所において更に判決することとする。

原判決認定の事実にその挙示する罰条及び科刑上一罪の処理に関する法条を適用し、原判示第一の二の罪につき、所定刑中無期懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四六条二項本文により他の刑を科さず、被告人を無期懲役に処し、同法二一条により原審における未決勾留日数中五〇〇日を右刑に算入し、原審及び当審における訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項ただし書によりこれを被告人に負担させないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官村田晃 裁判官山脇正道 裁判官湯川哲嗣)

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